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社のこと

 風が暖かい。その風が彼女の髪を乱していく。乱れる髪を押さえる彼女の姿は、新鮮な感覚だ。そんな感覚が、私は好ましかった。
 彼女とともに駅まで歩くようになって半年がたつ。周りではそれだけの関係ではないと見ているようだが、ともに歩くだけの関係でしかない。
 彼女は、川の上を漂う風のなかを、本を読みながら歩む。私は、そんな彼女の姿を左に感じるだけで幸せだった。ときどき、私は話しかけるが、一言二言の返事でやりとりは終わり、彼女の視線は変わらず本に注がれていた。

 秋の深まった頃。堤防にさしかかったところで、彼女は問いかけてきた。
「この近くの社で秋祭りだそうよ。行きましょ」
 滅多にないことなので周りは気づかないが、半年同じ空間を共有してきた私は彼女が強引だと気づいていた。が、この申し出の強引さには少々驚かざるを得ない。その日は、台風が首都圏に近づいているらしく、とても祭り日和と言えなかったからだ。小型とはいえ、台風は台風だ。そろそろ傘を持つ手も疲れだしていた。
 そうはいっても、彼女一人を行かせるのもおかしな話だし、ここまで悪天候のなか見に行こうという祭りの正体を見届けるのも一興かもしれない。
「こんな天気でもやるのかい。台風だそうだけれど……」
「こんな天気だからこそ、本当の祭りじゃないかしら」
 彼女は一言返すと、駅とは逆方向の丘へと登っていく。私は慌ててついていった。

 住宅街からかなり分け入った丘のなかに、神社があった。普段は誰も近づかないであろう境内の中央では、雨にもかかわらず燃え盛る炎が目にすることができた。炎を遠巻きに老人たちが、傘もささずに立っている。
 社殿が騒がしくなった。異様な白装束に身を包んだ男たちが駆け出てくる。男たちは炎の周りを駆け回る。理解不能な言葉を唱和しながら、腕を上下しつつ、駆け回る。少年から壮年の男性までもが、駆け回っている。
 ついていけないものを感じつつ、ふと、右にいる彼女を眺めた。彼女は紅潮していた。
「はじまるのね……」
 彼女は両手を高く挙げた。懐に抱いていた本、そして傘が落ちた。私は、本を拾い、彼女を傘で包み込む。草書体のなかにこのあたりの地名が見えた気がした。
 本に触れた手が強烈な力を感じ、脳漿が揺さぶられる。彼女も炎も蒼い光に包まれ……。
 気づくと雨風はやんでいた。炎は、おさまっている。男たちは、樽を割り、酒を浴びている。私の傘は、柄の部分が折れ曲がっていた。私の手から本を受け取った彼女は、満足げにうなずいていた。

解題

 これはとある同人ネットゲームのマスター試験への答案として提出したものです。
作成日:1999年秋。
更新:2005年春(文末、漢字を更新)
 「台風」「書物」「神社」をおりこんで1000文字前後という条件が出されていました。

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