巻の壱
1月は光っていた。おのれの存在を誇示するかのように、光を放っていた。その月の光の下にひとり、歩いている者がいた。その者は、全身を黒装東で覆っている。月の光がなければ、その者がここにいることに気づく者はまれであろう。それほど、その装束は闇に近かった。
そこは、街路灯や街のネオン灯などとは無縁の地であった。現在の都市生活者には、想像の世界でしかない未開の地であった。人はそこをみると、大田舎と口にせざるを得ない地である。周囲を山々に囲まれた小さな盆地である。その山々もマイナーな山であって、登山者や観光者は全く来ない。過疎に悩まされているわりには、村起こしには全く力をいれていない。それがまた、一層の過疎に拍車をかけていた。Y県の辺地に位置する鱒鮫町である。都心から車で片道七時間程で来ることのできる辺地である。Y県の県庁所在地からは車で、片道五時間かかる。平成x年実施の国勢調査によれば、主な産業は農業で、平均年齢は六十八歳、人口は四十八人だそうである。
桑畑の間をぬって走る道を、ライトを付けたロールスロイスがさっそうと走って来た。それを見た黒装束は覆面をはずして、手を振りながら道の中央へと移る。見事な黒髪がなだれ落ちる。強い光にも、目をしかめずに迫り来る黒い外車を見る女の顔は実に清楚な感じの美しさで満ち溢れていた。外車は、物すごい甲高い音をたてながら急停止した。女は顔に柔和な顔を浮かべながら、後部座席へと向かった。すると、後部座席の窓が開き活達そうな初老の男の頻が出て来た。二人は二言、三言、言葉を交した。そして、女は男の招きに応じて後部座席に座った。再び、見事なスピードで外車は動き出した。
月は、黒雲に覆われ付近は闇に包まれた。光は、道を高速で移動していった。温度は急激に下がり、ひょう交じりの雨が降り出した。畑に潜んでいた黒衣の男は、その氷片に切り刻まれながら息絶えてしまった。最後の力でふところから出した黒鳩も、目に氷片が直撃し、絶命した。
雨足も早くなっていた。車のラジオは、伊東市に台風がさき程上陸したことを告げていた。風雨が激しく吹き付けるなか、外車は揺れることもなく真っ直ぐと進んでいた。運転手は顔色も表わさずに無表情な顔でこの苛酷な状態を運転した。
「首尾はどうであった」
「依然のような場所に伊賀者はいました。昔からの自給自足の生活を愚かにも続けて居りました」
「気付かれてはいないだろうな」
「それはもちろん」
「それでは細川忍軍が来る前に始末をつけてしまえ。手勢は好きなだけ連れ行くが良い」
「そう言われると思いましたから、既に腹心の者に実行させて居ります。ですから、今夜は身辺警護をさせていただきます」
その言葉を聞くと、男は大きくうなずき、その手腕を褒めながら女の腰に腕をまわし、頬に接吻をした。
(未完)
解題
高校時代に書いた文章の切れ端です。このころは、菊地秀行氏の「魔界医師」シリーズにはまっていた時期で、それに似た文体を目指して書いてみました。いま読むと、恥ずかしいなぁ。こんな文章まで掲載するのだから、よっぽど、新しい文章を書くのが嫌なんでしょうね、私は。[このページの一番上に戻る]
[読み物コーナーの最初のページに戻る]
[管理人:たまねぎ須永へ連絡]