『第4話 微笑みの星』
8つの光と闇は、1つの光を押し込んだ。封じられた光は金属性の特質で冷えた印象を与えた。その光は、ジルダンと呼ばれていた。 ――「神子の書」 ――「トゥーム福音書」
※ ※ ※
冬。雪が舞わぬといえども草木は枯れる。視界から緑が消えるということだけで、人々は気が滅入る。この冬の訪れを忘れるがために人々は秋に必要以上に騒ぐのだった。その祭もすでに終わった。春祭を迎えるまで娯楽は少ない。
羽虫も見えぬ冬。道端の水たまり、井戸では氷も見えよう。あかぎれする手。その痛みを夫にぶつける夫人たち。新鮮な食料も減り、獣の豊かな春を待つ人々。
『逃亡もしくは死守』
少女は角を曲がる。目の前には黒髪の男がいた。
「!!」
声にならない叫びをあげる。
「ん? 俺の顔に何かついてるか?」
たしか、偽姫の側にいた盗賊だったはず……。グラスランナーの女は思い出す。でも、今回は人間の少女に見えるように変装もしてあるし、ね。
「急に物陰から出てきたからびっくりしたの」
グラスランナーの女、ダリアは意識して声色を使い、返事をする。そして、廊下の奥に向かっていく。
「そいつは悪かったな」
などと言いながら、男は少女の進路をふさいだ。
「ところで見かけない顔だが、どこに行くんだい。この先は立ち入りが制限されてるんだが」
「あれ? それじゃ、道を間違えたのかなぁ〜〜」
少女は別の廊下に去っていく。男はその後ろ姿を見送りながら、会議室へと向かった。
「なぜ、アジトが漏れたんだろう?」
古買商が会議の口火をきった。
「ギルドのほうには金を払っておいたんだろう」
ディストが古買商に確認する。
「えぇ、まぁ。高い金でしたよ、この娼館の1年分の利益がパーですよ」
「すまんな、留守してて。ちょっと統治府に忍び込んでたんでな」
「妹を見つけてきたんだろう。しかし、統治府も炎上していたなんてどういうことだ?」
などと、統治府炎上とレジスタンス本部襲撃の関連などを話し合っていた。
が、やがて。
「ここもやばそうなので、姫を安全なところに移したいと思う」
とディストは言った。
「そういえば、ラヴェルさんから王国軍部との交渉状況の報告書がきていましたね」
古買商が報告書を取り出す。亡命受け入れの話はかなり進展しているらしい。セリア首長国に帝国がついていることが幸いしたようだ。
「確かに現在のセリアの統治はうまくいっている。そして我等はこの前の襲撃で戦力は半減している。だが、ここで亡命してしまったならば我等の立ち直りはますます困難になるのではないか?」
フュルグが唾を飛ばして声をあげた。
「しかしな、姫はお一人しかいないのだ。人員や物資はある程度補充がきくが、姫様の代わりはいない。というわけで、俺は反対されても姫様をお連れする!」
「そこまでいうなら仕方ない。が、ここを死守することも重大だ。だから、あまり護衛は出せんぞ」
「戦士をふたりもつけてくれりゃ十分さ」
こうして、ディスト=バランティスは姫をつれて街を脱出した。護衛はラン=ボルト=グラヒムという騎士ともう一人である。目指すは一週間の道のりのオールジアであった。
その頃、ダリアは姫の部屋から緑の液体を首尾よく持ち出すことに成功し、薬屋を捜していた。
『姫の噂』
トトトトントン。
パウロ将軍の机を指でこずいている音だ。セリア統治府の公費で購入した高価な机である。身分が身分だけに必要以上の贅沢な机。
「困りましたな、パウロ殿」
アルコール度の高い蒸留酒を片手にシャウプ副将軍が入室してきた。顔を見れば、すでにできあがっているようでもある。
「まったくじゃ。《神子》を捜しに魔術師は行ったまま連絡もよこさんし、帝国の犬は姫を見事に奪われるしな。シャウプ、わしにも一杯よこせ」
副将軍はグラスに並々と注ぎ、将軍に手渡す。
「犬殿は仇討ちやらで街中を捜し回っているようですぞ。奴の副官を討ったのと姫をさらったのは同じはず。犬も犬なりに責任感を持っているということですかな」
将軍は一気に飲み干す。
「で、姫がさらわれたということは漏れてないだろうな」
「もちろんです。超重要機密とさせておりますよ。もともと姫がここに来たことさえ、漏れていないはずですからね」
「ところで、既に姫の取り調べのために尋問官を指名しておいたのじゃ。どうしたもんじゃのぅ」
「そうですな、ユーナ・ホゲなる怪盗を生かしておけばよろしかったですな。と言っても生き返るわけでもありませんしな。となると、信用できるものを姫に仕立てるしかないのでは……」
「そうするか……」
コンコンコン。
「入室よろしいでしょうか、クルミン・エジュンであります」
「入室を許可する」
中に入ってきた騎士は、濃い蒸留酒の臭いに驚きながらも報告をする。
「街中に不可解な噂が流れ始めております。グレーヌ姫が統治府に参られた、という内容なのですが」
将軍、副将軍は顔を見合わせた。いったいどういうことだ?
「報告御苦労。貴官はその噂を出所を調べつつ、噂の流布を止めよ」
「はっ」
クルミンは退室していった。
ドライス・エンタードは頑張っていた。名をあげる絶好の機会である。姫の尋問を担当するとは。尋問の準備をほぼ完了している。だが、姫の尋問日が最初の予定からどんどんと遅れていっている。いったいこれはどういうことなのか。その疑問を解決するために将軍に質問しにいったところ、急遽これから尋問をすることになった。
「すみませんでしたね。少々、他の厄介ごとが入っていたもので、すっかり尋問のことを忘れておりましたよ」
副将軍がそういいながら、姫の部屋に連れていく。
『蜘蛛と兄妹』
少年は目を覚ました。冷たく固い台の上に裸で寝かされている。
「お目覚めのようだ。人間は幸福なのだ、儀式を受けることができるからな」
声をかけた男は暗い色合の神官衣に身を包んでいた。神官衣の中心には蜘蛛を模した聖印が施されている。
神官は近くの台から蜘蛛を手に掴む。神官は静かにそれをなでる。少年は静寂に絶え切れず、泣き始める。
「人間よ、我が身の幸福を喜ぶべきだ。ふ、浄化の日は近い」
少年は何をされるかわからぬ状況にますます緊張を深め、泣き叫ぶしかなかった。少年の脳裏には兵法書の一節がよみがえってくる。
[勝てない戦もある。うまく負けることだけを考えよ]
しかし少年兵法家カカオ・マスには何も考えられなかった。
「この蜘蛛が人間の目に埋め込まれることで、人間は浄化されるのだ」
そう言って神官は千枚ぎりを取り出し、目に穴を開けようとした。
と、静かな暗室に光が差込む。
「そこまでですわ。お兄様を返してもらいますわ」
「アタイはカカオの用心棒だしな」
「お金のために返してもらうわよ」
栗毛色の髪の魔女、金髪の武闘家、黒髪の魔道士が入室してきた。彼らは思い思いに武装している。
「――寒い、寒いよ姉さん。そうだ、こいつらも殺せばあったかくなれるかも」
神官は指を鳴らす。その音に応じ、天井から蜘蛛が二体降りてくる。蜘蛛は台の上に横にされている少年並みの大きさだった。チキチキと牙を噛み合わせつつ、魔女たちのほうへと近付いていく。
魔女から白く輝く光、魔道士から蒼く鈍く輝く光がそれぞれの蜘蛛に進んでいく。その光に包まれた蜘蛛は体のあらゆるところから体液を撒き散らし、動きが鈍くなる。
「ぬ〜、はっ!」
武闘家はそれぞれの蜘蛛に気合いを叩付けた。それがとどめとなり、蜘蛛は動かなくなる。
「今日はここまでのようだ。ここは人間たちに明け渡し、去るべきだ」
神官は尻から糸を引出し、天井へと投げ付ける。そして去っていった。
「大丈夫だった?」
「ありがとうミルキー」
バーホーテン家の兄妹は久方振りの再会に固く抱き合うのだった。
その頃、クライシス・ニードルは村人を相手に戦闘訓練の指揮をしていた。あと1月もすれば十分だろう。
ラヴェル・バーナードはオールジアで王国軍人と密議を重ねていた。
『仇の暗殺者』
「姫様、がんばって王国を再興しましょう!」
ケアルが肩に手を回しつつ、声をかける。
「それはわかったけど、どうやって再興するのよ」
グレーヌは手をつねりつつ、尖った声を出した。
「そりゃ……、統治府の将軍を殺して……」
「ふ〜ん、たいしたこと考えてないのね」
「まぁまぁ、姫。一朝一夕にできることじゃないんですから、再興方法なんて口で説明なんてできませんよ。ケアルにあたるのはおやめなさいな」
スープの味を身ながら、シェーナは姫の抑えに入る。しかしどうしたものでしょうか、シェーナは口に出さずに呟く。
「もぅ、しょっぱいわねぇ。どうしたのシェーナ、この味は」
「姫、ちょっとお静かに」
シェーナとケアルが真面目な顔で目をつぶったので、グレーヌは黙ってスープを吸う。
「あすこの家が暗殺者の家だな」
「へぃ、そのようでっさ」
コメーテス帝国出向部隊隊長、セリア首長国軍事顧問クルトは盗賊あがりの兵士に確認を重ねていた。すでに暗殺者の家周辺は水ももらさぬ包囲網をひいてある。
「気付かれたか、ならば突入だな」
周囲に控える兵士らにクルトは言い渡す。
「マイヤーの仇討ちだ。片耳の男以外はたとえグレーヌ姫であろうと、無視せよ」
「はっ!」
「行くぞ!!」
クルト率いる部隊はケアル目がけて突入をした。
「レジスタンスのアジト教えてやった恩も忘れて困ったことだな、兵隊どもめ」
ケアルが短剣に手をやりつつ、口走る。シェーナは杖をかまえ、グレーヌは精霊に呼びかける。
「この人数差では逃げることを考えるべきでしょう。この差はどうしようもありません」
「じゃ、逃げるか」
ケアルは壁際の台をどかし、その下の床板を持ちあげる。そこには地下へのはしごがあった。三人は降りていった。シェーナ、グレーヌ、ケアルの順だ。ケアルはしっかり床板を元に戻していく。が、台は戻しようもない。
扉を何の抵抗もなく突き破ったクルトは、誰もいない部屋を目にした。スープの入った鍋が湯気をあげている。
「逃げられたか、外の部隊から連絡がないとなると……。下か」
突入部隊はこれから半日をかけて部屋中を調べることとなった。その結果、地下への抜け穴が発見されたのだった。
クルトは穴から追撃に移った。が、地下は入り組んだ迷路だった。
『神子の行方』
「それでは、まずはくじ引きね。中には100本入っていて、当たりくじは25本。5回ずつ引いて、当たりが多かった人が《神子》の第1次審査合格ね」
アラウネ様がザースさん、バルクさん、ルーアさん、ミリオラさんに説明されました。
各人おもむろに引いていきます。結果はザースさんとミーアさんが当たり2回、バルクさんが1回、ミリオラさんが0回となりました。
「ザースさんとミーアさんが第1次審査合格!! おっめでっとう」
アラウネ様が祝福の接吻を額に授けなさりました。
「ザース師、あなたが正しい道に戻るならば私は次の審査を辞退するのですが……、といっても戻るような方ではありませんね」
「ミーア殿がそこまでいうならば、私とても人間。正しい道に戻るとしましょうぞ」
「嘘をついても駄目ですよ。長年人を騙してきた私にはわかりますよ」
「ぬ、やはりばれたか」
「でっはぁ〜、第2次審査です〜〜」
アラウネ様がらっぱを吹いて飛び回っておられます。
「第2次審査はアラウネ様の遊び相手としてどちらが優れているかを競っていただきます」
数時間後。
「ザースは破滅的な感じでちょっと面白いんだけど、ミーアはどうも真面目で運命なんてもんを信じているからどうも堅苦しいの」
アラウネ様は寸評を発表なされました。
「ということでザース・コワード、あなたを《神子》として任じます」
みんな驚き一杯の表情をしております。
「他の三人も面白いんだけど、選んであげられなくてごめんなさいね」
ミーア、ミリオラ、バルクの回りを光の渦が包みます。
「さようなら」
という言葉とともに彼ら3人は現界に戻らされました。
『星降る街』
「この前はごめんなさい。ひどいことを言って」
巡回中の騎士ライル・フォレスターを連れて、踊り子は近くの酒場へと進んでいく。
「あの時のおわび、飲んでくださいね」
踊り子ケルシャ・ストームは酒をつぐ。
「いや、本官は巡回中だからな、このようなことをされても困る」
などと言いながらも、ライルは鼻の下をのばしつつ酒を口に運んでいる。
やがて、ライルに酔いがまわってくる。
「実はな、統治府に何やら重要人物が護送されてきたらしいのだが、この前の放火騒ぎでさらわれたらしいのだ」
さも、重大な秘密のように彼は話した。似たような話は噂でも流れているのだが、これを巡回中のセリアの騎士から聞くとなると真実味がかわってくる。
「へぇ〜、そうなんですかぁ」
やがて酔い潰れたライルを置いて、ケルシャは千鳥足でレジスタンスに戻っていった。酒代はしっかりと、はらっていった。
夕日に煙る街、金色と黒に染め上げられる無機物の輝き。風が肌を心地よく冷ます。もう、夜も近い。じきに空には藍が広がり、きらめく星々が飾り立てるだろう。今夜の月も、きっと美しいことだろう。
「こうして見ると、この街もキレイね」
宿屋の屋根の上、まとわりつく光を払うように髪をかき上げ、少女はうっとりと目を細める。少女は高い所が好きだ。世界を見下ろすことが好きだ。なにしろ自分が偉くなったような気がする。
と、一番星が輝き始める。見たこともない星だ。やがて、そこから3つの光が振ってくる。いったい、何なんだろう。流れ星はガルデン市上空で消えた。いったいどういうことなんだろう。街の各地が騒がしい。今の流星騒ぎを皆も見ていたのだろう。
「よし」
目標は決定された。少女は宿屋の屋根から、身軽に飛び降りた。
ふにゃっ。
「何をなさるんです?」
お付きの女性が杖をかまえる。
「まあまあこの娘も下を誰かが歩いているなんて思わなかったんだから、さ。許してあげようよ。シェーナ」
「仕方ありませんね、今は時間も惜しいですし」
シェーナと呼ばれた女性は少女に踏まれた女性を肩に担いで、男と一緒に裏道に入っていった。
「何なの、あれ」
残された少女は呆然と後ろ姿を見送っていたが、今日の獲物を捜しに出かけていった。
「はい、あがりました。どうぞ」
シルディン・クラウスは唐もろこしを食べながら、歩いていた。今日も自分の生い立ち捜しの手掛かりは見付からなかった。
今日も唐もろこし焼きの仕事が終わったリューネス・リュードは星を見ていた。いつもよりかなり星の配列が違う。これは、《神子》継承がされた相だな。リューネスは一人呟いた。
第4話「微笑みの星」完
「風烟飃泛 〜〜風の章〜〜」第1部完
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[管理人:たまねぎ須永へ連絡]