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3−2(ケアルの物語)


 片耳を切り落とされ、苦痛に苦い顔をしながら、周囲を見渡す。物陰から誰かがやってくる。兵士のようだ。

 どこをどう行ったものだろうか。耳をやられた苦痛から手近の部屋に潜り込む。そこには赤茶色の髪、白い肌の少女がいた。少女は突然入ってきた男を、紫の瞳で睨みつける。かなりの美少女といっていいかもしれない。
「この騒ぎはあなたがやったの?」
 少女はずかずかと近寄ってくる。折角のドレスも台無しだな。
 と、再び扉が開く。
 「古えの蜘蛛」の聖印を首に下げた女が入ってくるのを見た。そして、少女を見て人声上げた。
「グレーヌ! 無事でしたか!」
 足音を立てずに女は入室する。重そうな鎧を着込んでいるというのに大したものだ。
「あなた様、富と名誉はいりませんかしら?」
 入ってきた女はケアルに向かい、そう声をかける。
「いい話だな、姫様を連れ出せ、っていうんだな」
 女はうなずく。姫と呼ばれた女はちょっとばかし不満そうだ。
「シェーナ、あなたが私を守ってくれんじゃないの?」
「私はここで追手をくいとめますので」
 とか女どもが語りあっていると扉が蹴られ、兵士が一人入ってきた。
「帝国のイヌよ! シェーナ」
 グレーヌ姫は声を張り上げる。それを聞いたシェーナはケアルと姫を後ろにかばいながら、クルトへと近付いていく。
「ここは通しませんよ。さ、姫様をお連れください、さぁここは私にまかせて!!」
 炎の中、杖を構える女は奥にいる人影二つにむかって声をかける。男と女の人影、一つは女、グレーヌ姫か。とすると、もう一つがケアルということだ。

 ケアルは姫を連れて窓から出ていった。シェーナもそこそこいい女だったが、一人でも手に入れば、ま、悪くない。

 アジトに戻ったケアルは、姫の話を聞かされた。
 占領下、必死にアタビス王国を目指しグレーヌ姫とシェーナが歩んでいった逃避行についてである。あと数日というところで、帝国特殊部隊が騙しうちをしてきたという話であった。
「へ? レジスタンスに姫はかくまわれているという話を聞いたが」
 まさかレジスタンスの姫をディストから奪えなかったなんて話は情けなくて口にできないケアルは、てきとうに口を濁す。
「えっ! 私はちゃんとここにいるわよ。まぁさぁか、私の騙り者でもいるんじゃないでしょうねぇ」
「いや、わたしに言われてもわかりませんよ」

 次の早朝。
 ケアルは屋外に気配を感じ、目を覚ます。五感を研ぎ澄ます。聴覚の現象はいまだに慣れ切っていないものの、常人の数倍の感覚はまだあるはずだ。
 外にはシェーナがいた。ケアルの顔を見て、顔が柔らかくなる。いい顔だ。
「昨日は姫をありがとうございました」
 屋内に入りながら、シェーナは礼を言う。そして、ケアルの切られたほうの耳の跡に手をやり何やら唱え始める。
「これで一季節もたてば耳も再生するはずです」
「すまない」
「いえ、これくらい大したことではありません。ですが、恩着せがましいのですが、この奇跡を神殿でやってもらおうと思ったならば数千金貨は取られます」
「だから、姫を守るのを手伝ってくれ、国の再興を手伝えとかいうのか?」
「えぇ、それをお願いしたく思います」
「しばらく考えさせてもらえないかね。なかなかでかいヤマだしな」


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