ヘルメット
私の膝の上の塊は何なのだろう?
仕事で使うことの多いこの道はまだ数年前に出来たばかりだ。当時A市とB市を最短で結ぶこの山道は、そこを往来する付近住人から愛されるものだったのだが、最近新しい最短ルートのトンネルが出来た為、無用のものとなった。今は地元の者もあまり通らない。
そんな道は当然に暴走行為をする人種を集めるものなのだろう、さらに一般の者を遠ざける。彼らはこの道を「峠」と呼んでいた。
そして、邪魔者のいないこの道が絶好のレース場となるのにあまり時間はかからなかった。
私はどこにでもいる営業マン。やはり数年前になるが交通事故に遇い、歩行が困難な体になってしまった。それからは車を使うことが増えた。
「仕事じゃなかったらあの道は通らない」
それが、いつの間にかの私の口癖だった。
3日前だったか、いつものように憂鬱にこの道に入ると頭がいろんな色に彩られた異様な集団がたむろしていた。茶、金、赤‥と、見てる分には華やかだ。
若いころ、苦学生だった私には、彼らのような存在に訳も無くむかつく。それは嫉妬なるものだろう。
そんな彼らは道端に花をもっさりと供え、なにやら悲しさを装う。仲間が事故で死んだのであろう。
私の人間性を疑われることになるのだが、素直にそのことに喜んいた。この道も若干であるが静かになるであろうと……。
その後入った定食屋で、客の一人と店の主人らしき男が、その事故の話をしていた。
近くに座り、聞き耳をたてる。顔がほころぶのを感じる。
話を聞くと、かなり壮絶な事故だったらしい。
暴走非行少年A(17歳)は、親の脛をかじって買ったニューマシーンでお決まりのランデブーと洒落こむが、運転技術がバイクの価格に追い付かず、対向車線へ飛び出し、車と正面衝突したらしい。
しかし、そこからが異常だった。
暴走非行少年Aは首と下半身が無かったらしい。
初めに死体を見つけた人は、ジャンバーが道に落ちていると思い、あやうく引きかけたそうだ。事故現場から1キロ離れていたらしい。犯人もわからない。
さすがに食事どきに聞く話ではない、半分以上食事を残し席を立った。
定食屋で話すことでは無い。もしかしたら今のやつらが引き逃げ犯じゃないか? と疑ってしまった。
で、私の膝の上の塊は何だ?
青白く光るその塊は、見ようによってはひしゃげたバイクのヘルメットのようでもある。暴走非行少年Aの頭部もまだ見つかっていない。
不思議ではあったが、私の心は異様に落ち着いていた。
この塊が仮に暴走非行少年Aのものであった場合、何故それは私の膝の上にあるのか?
そのことだけに興味がそそがれた。
少し考えた後、車内の天井を見上げる。
自慢のサンルーフは子供のころからの憧れだった。大人になったら品の良い犬を飼い、サンルーフから首を出させドライブに行く。小さな夢ではあったが現実はさらに厳しい、私のアパートではペットは許されない。
今は陽気のよい春の朝、若干の冷気が心地よく、サンルーフは全開にしている。
「そうか、落ちて来たのか……」
私の推測だと、暴走非行少年Aは対向車に跳ねられ即死、そのまま道路に叩き付けられる。そこへトラックが来て避けきれず引く、引っ掛かっる、そのまま引きずられアスファルトに擦りおろされる……これが彼の死体の下半身が無かったことと事故現場から離れた所での死体発見の理由だろう。引きずられる中でヘルメットで無理に捻られた首がもげ、勢い良く天に跳ね、その辺の木に引っ掛かった。
「……ということでどうだ?」
私は一通り話し終わる(独り言)とヘルメットらしきものに同意を求めた。だが、それはあまりに無愛想で返事は無い。
「ま、私にはどうでもよいことだがね」
無視された私は気分が悪くなり、車のスピードも速くなる。
どれくらいの間、二人に会話が無かったであろうか。
私はそれがヘルメットであることに疑いを持ちはじめた。
膝の上にある物をヘルメットだとすると、たぶん私の見えない側、車の進行方向に「目」があるのだろう。また、これと膝との接地面がねじれた首になる。
ここでの疑問、それは「血」が無いことだろう。
事件は3日前だ、血は固まっているのだろうか? にしてもこのヘルメットと思いこんでいたモノには赤色(またはドス黒)の欠片も無いのだ。
騙されたのか? 大きく溜め息を吐き無造作にそれをひっくり返す。
「あっちゃ〜」
暴走非行少年Aと目が合ってしまった。
自分の指紋をよく拭き落としてから彼を窓から捨てた。
彼には可哀想だったがこんなことで変に疑われたら洒落にならないから仕方ない。まったく最悪な気分だ。
車に一人残った私はいつもの無口に戻る。
――パッパー
数十メートル離れた所から激しいクラクションが鳴る。
暴走バイクが1台轟音とともに私の車を抜かし、目の前でスピードを落として蛇行運転を始めた。いつものことだ。
苦笑とともに、私もいつもの行動をとる。ためらい無く目の前のバイクを跳ね飛ばすのだ。
横たわるバイクマンに足を引きずり近付く。いまいましい自分の足。
ヘルメットを取り顔を覗き込む。
「ラッキー、俺の体をこんなにしたヤツに似てる♪」
車に積んであったウインチを使い首をねじ切るとビニール袋に入れた。そのまま助手席にボールの様に放り込む、ヘルメットもつづく。
上半身と下半身はナイフで綺麗に半分に分ける。
車のトランクに下半身を入れようとした時、誰のか解らない下半身が先に入っていた。
はて? まあいいか。一緒に詰め込む。
上半身はナイフの後を残さないように車の後ろに縛り付け、アスファルトに擦りつける。ころあいをみはからって道路の真中に放置した。
運転席に戻り車をスタートさせる。
助手席のヘルメットを叩きながら車を走らせる。
新しい話相手が出来た。
(終)
解題
以前在籍していた会社の先輩Tさんからいただいた掌編小説です。なかなか不気味な一編です。騒音をまき散らすバイク乗りに対する一般的な悪感情は、共感される方も多いと思います。Tさん、今回もありがとうございました。
また、Tさんへの感想はこちらへお送りください。責任をもって転送します。
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