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占顔(四)

「サビヌをどうする気だ?」
 少年たちはツェナの囲みを狭めていく。が、なかなか手を出せずにいた。
 ノバールも囲みを構成する一員と化している。その様子を一瞥した彼女はますます少年たちを不思議に思うのだった。
「ノビールくんがあなたの代わりに彼らの仲間に入ってくれるようよ。それでも君は彼らの仲間でいられるのかしら? 所詮は頭数さえそろえばいい集団、サビヌ君、あなたである必要はないの」
 少年たち全員に聞こえるような声で、ツェナはサビヌに語りかける。ここまで語ったところで、彼女は集団を見渡した。
 そして、再び語りかけをはじめる。
「でも、私は君が欲しいのよ。君には不思議な感覚を感じるのよ、君はこんな集団で終わる存在ではない、絶対にね。どう、私のところに来ない?」
 終わることのない足の引っ張り合いに、ご機嫌取り……。サビヌはこの集団でのつき合いに最近嫌気をさし始めていたことを思い出した。しかし、この女性のことを何も知らない。そのような未知の女性についていくことが、いまの集団に居続けることよりも優れていることなのか。
「あなたは誰?」
 混乱する頭で発することができたのはこの問いだった。まずは未知の女性に認識名称をつけて、混乱状態を弱めなければ。
「ツェノワ・マクダウェル、ツェナって呼んでね。自分で言うのも何だけれど、かわいく、強く、かっこいい女の子。よろしくね」
 ツェナはサビヌの顔を自分に向けて、にっこり微笑みながら自己紹介してみせる。
 ――ひまわり? 黄色く明るい微笑み……。
 サビヌは顔を真っ赤に黙り込んでしまった。

「サビヌの野郎、なんかみとれてますぜ」
「奴はあの女につくつもりじゃないっすかね」
 少年たちは、サビヌの様子を見て、頭の少年に声をかけていく。
「サビヌほどの奴がそんな女々しいことあるわけねぇ」
 小太りの少年は子分たちからの声に耳を貸したくなかった。しかし、彼から見てもサビヌがツェナに魅かれ始めているのは明らかだった。
 小太りの少年が悩んでいるのを見た少年の一人がサビヌに石を投げる。顔からは憎しみを見てとることができた。
「わっ」
 サビヌは強く引っ張られた。その頭部後方を小石が過ぎ去っていく。
「ちっ、この裏切り者め! サビヌ、おまえがその女に俺たちのアジトの在りかを告げ口しているところを見られていないと思っていたのか? この早耳レナイが見ていたのさ。観念しな」
「そ、そんな……」
 呆然とするサビヌに続いて激しい一撃が襲いはじめた。

(五)

 淡い日の光がその部屋の一角を照らしていた。その光は人の肌を灼くようなひどい熱さを持たず、人の営みをやさしく見守るあたたかさを持っていた。
 午後の眠りを誘う光を浴びながら、初老の男は柔らかなソファに埋もれている。
「ロンダ、様子はどうかね。迷惑をかけていなければいいのだが」
 半ば目を閉じながら初老の男は向かいの男に声をかけた。
「大切なお姫様は活気ある下町の風景に盛んな好奇心を発揮されておるようですぞ」
 壁際の棚に向かい、奥深く手を突っ込んだまま、顔の下半分が髭に覆われている老人は声を返す。
「ほぅ、そうかそうか。楽しんでいるようじゃなぁ。私もロンダと一緒に下町で飲んだ日々が懐かしい。私もまた行きたいものじゃが」
「陛下にはこのような美酒がたくさん相手にいるではございませんか」
 ロンダ老は一本の瓶の栓を抜き、お茶の入っていた器に中身を注ぎ込んでいる。お茶は棚より戻った老にすでに飲み干されている。
「ぬしに見つからないように棚の奥に移しておいたというに……」
「これは、ネイベ産の新作でございますな」
 みるみるうちに空になっていく瓶を見ながら初老の男は頭を振る。
「バイロンベイ産の舶来ものじゃよ。ロンダは相変わらず舌が鈍感じゃな。これでは酒が哀れじゃよ」
「いえいえ、酒は楽しく飲まれれば本望だと思いますよ。陛下のお選びの酒はいつも楽しいものです。ということは、酒たちも喜んでいるはずというわけでして」
「まったく……。はるばる隣国アタビス王国より無理言って運ばせた逸品というものを、はぁ。ともかく、ツェワールのことは頼んだぞ」
「もちろんでございます。お任せくだされ。 代々最後の教育を任されている我がマクダウェル家の名にかけて有意義な一年をお過ごしいただきますよ」

 キングーニャ――
 大陸を三分割している勢力の一つ、トゥム・サルム連合王国の拠点の一つである。グーニャ王国という、連合の一構成要素の都の置かれた地であるからであり、大陸東回り航路の南部最大の港町として連合王国の海の玄関の役割を持っているからでもある。
 その街を舞台に物語は始まった。

(六)

「なぬ? サビヌ……、本当か? いずれは俺の後継に、とまで考えていた俺に対してそんなことを……」
 小太りの少年は血の気を失いつつ、呟く。
「レナイ、いままでなぜ黙っていたんだ。でっち上げではないだろうな」
 集団の中では、冷静さを保ったほうである少年が静かに尋ねる。その瞳は、ひどく無関心なものだった。
「いままで忘れていただけですよ。俺がいままでガセネタをつかまされたことがありますかい? ラーノ兄ぃ」

「何をいうんだ……、レナイ。ツェナさんと会うのは今日がはじめてなのに」
「かわいそうに……、サビヌ。つらいでしょうけれど、あなたにこの集団にいてほしくない人がいらっしゃるみたいね。まったくばかげた話だと思わない……? 私がこの集団のアジトを知ってどうするわけ? こんなお子様の集まりとかかわる気なんて、頼まれたってないのにね。どう思う、早耳さん」
 早耳レナイは複雑な表情でサビヌを見つめ続けている。利き手には鋭く尖った石片が握られ、いつでも投げられる状態にある。
「え〜い、ごちゃごちゃと……。とりあえず、サビヌを放せ、ツェナ」
「だめよ、いまのままでサビヌを返したらリーダーさんがどう思おうともきっとどこかの扇動者に痛めつけられるから、ね」
 ツェナはサビヌを背に隠しながら、レナイの視線を真っ向から受け止め平然と構えていた。その平然な様子にますますレナイの表情は複雑になっていく。
「さて、サビヌはツェナさんに預けることにしましょう」
 レナイにラーノと呼ばれた少年が一歩前へ進み出た。
「とりあえず、今回はツェナさんにはお見苦しいところを見せてしまいました。頭目に代わってお詫び申し上げます」
 ラーノは頭を下げる。
「ふ〜ん、でも、また今回みたいにノビーヌ君の代わりに襲いかかるんでしょ」
 冷めた視線で彼女は痩せがちなラーノを見定めていく。
「私たちにもいろいろと事情があるのです。そこのところをどうにかご察しいただけるとありがたいのですが」
「どういうことだ? ラーノ」
「頭目には後で説明してさしあげますよ。いまは私にお任せください。頭目にもサビヌにも悪いようにはしませんから」
 そしてレナイの方に視線を向けずに一言。
「あなたにもいろいろと聞くことがあるようですしね」

「私としては、私の見たり聞いたりしないところであなたがたが何をしようと気にならないわね。これからは静かに、私の耳に入らないようにするならば、仕方ないわね」
「分かっていただけると思っていました。さて、サビヌはどうですか?」


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