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竜龕(四)

 ――ツェナ待っているだろうなぁ。
 勉強の時間が終わり、子供たちは教会からとび出ていく。サビヌが礼拝堂から出たときには、子供たちの姿は見られなかった。しかし、彼の歩みは軽い。感情は体の動きも規定するのかもしれない。

 そのサビヌを物陰から見つめる子供たちがいた。レナイ、ノバールといった子供たちである。サビヌは見つめられていることに気づいていない。レナイたちの気配を殺す能力が長けているわけではなく、ただ単にサビヌが辺りを警戒していないということでしかない。
「レナイ、ほんとにやるの?」
 ノバール少年は顔を青ざめながら尋ねる。その表情を薄ら笑いを浮かべながら、レナイは視野に入れた。
「そうだよなぁ、ノバールはサビヌのおかげでうちらのグループに入れたようなものだもんな」
「別にそういうわけじゃないけど……、こんなことをして大丈夫なの?」
 ノバールがびくびく周りを見回す仕種にほかの子供たちは嘲笑を浴びせた。
「別に逃げ帰ってもいいんだぜ」
 レナイの一言に顔を少し明るくするノバール。だが、また暗くなる。
「せっかく俺たちの仲間になれるところだったのになぁ。また、独りぼっちかな?」
 ノバールはうなだれるしかなかった。

「ツェナ、怒ってないといいけれど」
 サビヌは老婆に命じられて、礼拝堂の片づけをしていたため、少々約束の時間に遅れそう だった。
 実際のところ、かなり待ち合わせ場所までの移動時間を多く計算しているので、十分間に合うはずである。しかし、携帯用時計がまったく普及していないこの時代、時間を確かめることができる時計は、教会や役所などの権力を持つ団体しか所有していなかった。
 サビヌは教会から出る際に玄関に飾られている水時計を見て出てきた。その際、普段の講義終了時間からかなり遅れているのが見てとれた。その後、移動中に時間の確認はできていない。だからこそ、焦っているというわけだった。
 急ぎ足で曲がり角を曲がる。曲がると同時に何か硬いものにぶつかった。
「?」
 サビヌがあらためて前を見ると、通路に樽などが積みあげてあった。そして、箱の上にレナイの姿が現れる。
「さてと、お急ぎのところ申し訳ないが、サビヌ、おまえは目立ちすぎなのさ」
 レナイが右手を挙げる。そして、サビヌのほうに振り下ろした。
「ごめんよ、ごめんごめん……」
 謝りながらノバールは投石を始める。ほかの子供たちも石を投げ始めた。
「たた……」
 サビヌは、角を戻るしかなかった。

(五)

「追え。もうグループに来られないようにするんだ」
 サビヌの隠れた物陰を探し、レナイたちは動き始めた。路地という路地を虱潰しに見てまわる。
 ――なんで僕を狙うかなぁ。
 サビヌは己を探す子供たちを薄目で眺めながらそう独りごちた。

 縁者の塔――この塔の足元には、キングーニャの住人が待ち合わせに使う広場が広がっていた。その集まる人々を目当てに旅商人が集まり、市としても賑わっている。
 広場の端でさまざまな小物を商いながらも、客の顔を見ていない男がいた。普通に立ち寄れる店の開きかたなのだが、あまり客の寄りはない。男が無意識の内に人目を避けようとしているのが態度や雰囲気に出ていたのかもしれない。
 商人の目は市場で待ちぼうけを喰らわされている少女に合わせられていた。素人が男を見ても、少女を注視していることには気づかないだろうが、人目を気にする人々が彼を見たのならば簡単に少女に注目していることがわかったはずだ。
 少女の足元には、小さなりんごの芯が数本散らされていた。彼女の顔は、かじりついているりんごの色にまだ負けるものの、赤みを増しつつある。
「んー、おそいわね」
 ツェナは辺りを見渡す。彼女よりも遅くやってきた人たちがお目当ての人物の迎えを得て、次々と立ち去っていくのが目に入る。もう十数人去っていったことやら。
「ここでイライラしていても仕方ないわね。 ちょっと迎えに行っちゃおうっと」
 ツェナは芯だけになったりんごを捨てると、近くの店に向かい、新たにりんごを二つ買うのだった。そして、サビヌを迎えに歩き始める。
 彼女の動きに合わせて、小物を商っていた行商人も売り場をたたむ。いくつか並べてある売り物をゴザこと丸め、背中に背負う。そして無関係の人々にまざりながら、少女の後を追い始めた。

(六)

 蝉の音が辺りに響く。数週間前と比べると寂しい音色だ。彼らの季節は終わりつつあった。
 その今年最後の音色を聞きながらサビヌは 這っていた。音をたてることは二つの危険を招く。一つは、レナイの追手。そして、もう一つはこの館の住人である。
 鬱蒼とした茂みが広がっている。庭木を荒れるに任せたままにしているこの館、数年前までは街有数の富豪が所有者だった、とサビヌは父親から聞いていた。
 だが、今は違った。礼拝堂での授業友達からのうわさ話によれば、陰気な魔法使いと無口な従者たちが住み着いているというのだ。子供たちはその噂を信じ、近づくものは皆無である。だからこそ、サビヌはここを抜けることでツェナとの待ち合わせ地点へ向かおうとしたのだった。
 ――ツェナ怒っているだろうなぁ。
 音をたてないように静かに進む。だが、そういった訓練を受けているわけでも、やり慣れているわけでもない。どうしても、サビヌの進むに従い、布の擦れる音、枝の揺れる音、草花の折れる音は起きてしまっていた。
 緊張しているサビヌの耳には、己のたてている音が実際以上に大きく感じられる。実際は彼を探す追手たちに聞き分けられるほどの音はたてていない。
 では、館の住人はサビヌのたてている音を聞き取っているのだろうか。現在のところ、館の住人の動きは見られない。それどころか、住人の気配自体が感じられなかった。
 ――ふぅ、あとちょっとで抜けられる。ツェナにどう謝ろうかなぁ。

 ノバールはびくびくしながら曲がり角に隠れていた。同行している二人の少年たちは不信の表情を浮かべている。
「ほんとに〈魔法使いの館〉からサビヌが出てくるのかよ」
「俺ならこんなとこ、通らないって」
 ノバールは館から目を離さずに反論した。
「僕なら……、ここを通って逃げます」
 二人は顔を見合わせた。
「まぁ、いいか。サビヌを見つけられなかったら、俺たちの分までノバールが罰を受けてくれるそうだし」
「おう、それはいい。サビヌが来たら起こしてくれよ」
 二人は長屋の壁にうつかり目を閉じた。ノバールは熱心に館を見続ける。

 〈魔法使いの館〉は、縁者の塔からあまり距離が離れていない。サビヌの家から塔へ向かう際によく使う道沿いにある。この道を塔からツェナは急ぎ足で進んでいた。サビヌの遅れた理由をこう考えたからだった。
 ――教会からまっすぐに来ずに、家に荷物を置きにいったのね。別に荷物の一つ二つ気にせずにとっとと来ればいいのに。

 そして、サビヌがノバールの視界に現れた。


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