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『第2話 慰みの星』

 少女は微笑みを取り戻し、世界は歩みを取り戻した。それがいつのことだかは詳しくないが、ただいえるのは「いにしえの蜘蛛」の脚より生じた神々の関与があったということだけである。
 神殿に尋ねてみても、答えは一向にかえってこなかった。その頃は気づかなかったが、少女についてのことは各宗教とも極秘事項だったらしい。

――「外なる神々の年代記」

※ ※ ※

 星下暦329年夏のことであった。ガルデンも表面的にはセリアの一部としての姿が根付いてきた。それまでの間にレジスタンス狩りも派手に進められ、現在活動中のレジスタンスは巧妙に地下に潜ることができたものばかりである。まぬけな上級階級出身のレジスタンスも亡命をしたり、捕まって処刑されたりと、レジスタンスからは上流階級出身のものは数えるほどしかいなくなっている。
 姫が、都市内にいまだに潜伏しているという噂は根強い。あらゆる勢力が探しているそうだが、まだグレーヌ姫は表に出てきていない。〈夜の風〉とかいう怪盗も評判になりつつあるそうだが、セリア陣営としては面白くない。
 そのセリア首長国第2都市ガルデンなどの位置する〈小王国群〉はバランガベルド大陸三代勢力の緩衝帯として存在している珍妙な地である。都市国家は幾多と存在し、力があればいくらでも国を興せる冒険あふれる地域だ。北西に位置するコメーテス帝国、一番近い国境ならばガルデンより1日もあればたどり着くことができる。《神子》を抱えたこのガルデンがなければ〈小王国群〉ももう少し小さかったはずと言われている。帝国の豊かな文化施設を誇る国力は、大陸一と言われている。
 〈小王国群〉の東にあるのが、アタビス王国という美しき国だ。〈小王国群〉との間にエールラナンの森という大陸最大のエルフ族の集落を置くこの国は、建国の際に美しい物語を残している。建国帝が共に戦ったエルフの娘より渡された花、アタビスを国名とし、国花としている。美しく、洗練された美をもつものの退廃した快楽を見ることができる国家だという。
 最後の国家はアタビス王国の南に位置する。建国もアタビスの数十年後と近い。アタビス王国の南下政策に難を示した騎馬民族が結集して建国された緩い結束を持つ、トゥム・サルム連合王国という国だ。

『別れ、そして出会い』
 片足をあげ、尿をする。これはこやつの縄張りを示す行動である。こやつの縄張りはかなり広い。ツルヌ通りの大部分がこやつの縄張りだ。今日も巡回しながら、縄張りの再確認の意味で尿を撒散らしていた。もちろん生理的目的も多分にあったろうが。

 〈知に飢えた狼〉亭もこのツルヌ通りに面している。
 一階の酒場で一人の娘がたたずんでいた。しばらく前に自分を雇った小僧に逃げられたからだ。やはり10歳の兵法家などを信用するでなかった。
 やがて、娘は一人でいることに飽き、外へとさまよい出るのだった。娘の目に日の光が射す。
 まぶしい。
 娘は、手をあげ、目に光が飛び込むのを防ぐ。その手は日光の暖かさを感じてしまう。世界を包む暖かい光。それを防ごうというのは傲慢な考えか、それとも……。
 町の人々は、彼らの生活のために働いている。春にはここが戦場だったと、誰が信じられようか? それだけ町は活気を取り戻しつつある。
 と、街角が何やら騒がしい。人だかりもできている。平和よりも騒ぎのほうが好きな娘も、騒ぎへ向かっている。持って生まれた習性だと、娘は信じていた。
 崩れた荷籠、散乱している赤いトマト。
 よぼよぼの爺さんと、屈強な男が対峙している。爺さんの姿は、くたびれた労働着、近来の農業従事者といったところであろう。対する男は、セリア軍の軍服を着用している。その服の新しさが、今回の戦が初陣であったことを示していた。
「爺さんよぉ、あとで本陣までとりにきてくれれば、銭は払うっちゅうてるだろ」
 顔の赤からめた兵士は、馬鹿にしたように顔を近づけてどなる。そして、振り返って、帰り始める。
「若いの、このわしをなめるでないぞ! “ガルデンの猛き雄牛”と呼ばれたこのわしを愚弄するとは! いい度胸だな、ここから無事帰れるとは思っていないだろうなぁ」
 叫ぶと同時に爺さんは、兵士の後ろになぐりかかる。
 十分体重を乗せた重い一撃。
「いい拳だな、じいさんよぉ」
 振り返った兵士は、拳をつかみ軽く押し返す。爺さんは、荷籠に倒れ掛る。
「セリア軍にはむかったのだから、覚悟はできているんだなぁ。じじいの分際で」
 兵士は爺さんの腹を体重をかけて踏む。足をあげて、呼吸の猶予を与えてやってから再び、踏む。この動作を繰り返す。が、群衆は見ているばかりであった。
 ベチャ。
 兵士の後頭部でトマトがつぶれた音だ。
「弱い奴ほど弱い奴をいたぶるのよねぇ。あぁあ、やになっちゃう」
 娘が投げたトマトは、そこらに散乱しているものだ。娘は、爺さんに近づき、助け起こす。
「大丈夫、おじいさん。この辺ってごろつきがいるんですねぇ、おじいさんも気をつけなくちゃ」
「なめたことをしてくれたな、この女! 死にな!」
 背を見せている娘に向かって、剣を抜いた兵士は切り掛る。その一撃は、訓練されたもので、見ている者たちからは悲鳴があがる。
 と、数瞬たった。
 兵士の手には剣がない。驚く兵士に、冷静な娘。娘が蹴りあげた剣は、兵士の後ろ4メートルのところにあった。
 だが、兵士には今起きたことが信じられなかった、というか信じたくなかった。だから、娘の手に何もないことを確かめ、娘を見据えたまま剣を取りに向かう。
 娘は耳が尖っている。エルフと呼ばれる森の人だ。人よりも敏捷である。

 兵士には見えなかったが、剣は遠ざかっていた。イヌがくわえて去っていったからだ。いくらさがっても、剣をつかめない兵士は、観客をかきわけて去っていった。
「おぼえてやがれ! こんちくしょう」
 とかいう言葉を残してである。栗色の毛並みのイヌは「わふ!」と言った。

十人十色

『微笑みはどこに?』
 女僧侶、強い力を秘めた剣を持つ男、酒くさい盗賊風の男がいた。とある商家の地下である。
「俺は姫をここにお迎えしようと思う」
 思いを抑えた口調で、フュルグは話す。落ち着かない手は、剣を弄んでいる。
「あんたが出ていったところで何も現状は変わらない。無駄に戦力を減らすこともあるまい」
 ラヴェル=バーナード、旧王家と何か約束をかかえた盗賊は諭してみる。フュルグよりも長く生きてきた人生が、その言葉に重みを与えていた。
「それでも、だ。とりあえず姫様に安心していただけるよう、偉い方と一緒に行こうと思う。姫を迎えることができれば、我等の士気もあがるし、散り散りになった仲間もここに集ろう」
「たとえ、姫を迎えられても今のままじゃだめさ。戦を知らない奴等が束になって勝てると思うか? だが、《神子》がいれば、現状は変わるかもしれない……」
 にらみ合う二人を、ミリオラーネは見守る。フュルグに向かう。
「私も《神子》を捜すべきだと思います」
 フュルグは黙って立ち上がる。部屋を出ていく。
「俺は俺でやる。あるかわからない力を追い求めるよりも、目に見える姫を捜すほうが俺にあっているのさ」
「やるというなら止めはしないさ。せいぜい気を付けるんだな」
 フュルグは出ていった。
「よかったんですか?」
「役に立たない上の奴等は必要ないからな。あんたはそうは思わないか? もちろんあいつは上の奴等が死んでも帰ってくるだろうよ」
 若さか……、呟きながら男は水を飲む。ミリオラーネに向かい、囁く。
「《神子》ならば、私に心当りがある。安心しな」

『姫二人』
 ケアル=トゥーリアは姫に興味を持っていた。姫を支える人材を募集をしているというので、〈腐る礎〉亭という酒場にきていた。中を見渡すと、依頼者はまだきていないようだ。
 やがて、ひげを剃ったのが最近とわかるライトレザーの盗賊が入ってくる。ケアルは盗賊に近づく。
「きみが“誠実な”ディストくんか」
 そういって、盗賊の間でよく使用される指言葉を使う。
{ギルドできいた。姫を守りたい}
 二人は、酒場の端の席につき、ある程度語りあう。やがて、外へ向かう。

 しばらくして、ディストは前転受け身をしてケアルに向かい合うことになった。ケアルが後ろから襲ってきたのだ。
 人気のない道である。ブラックジャックと呼ばれる打撃武器を構えるケアルを見て、ディスト=バランティスも短剣を両手に構える。
「なぜ、襲ってきた?」
「姫の護衛は美女じゃなきゃないけないのさ、きみ」
「ただそれだけというのか! 姫の立場というものを知らないのか」
「そんなことはどうでもいいさ。美女さえいれば、ね」
 ケアルは叩く、ディストは切る、突く。最初の有効打はディストのものだった。
「まだやるか? おまえのような危険な思想の持ち主を姫の側に置くわけにはいかないな。命をとったところで姫様はお喜びにならないだろう、俺の目の前から消えな」
「ふ、まだまだぁ」
 とかケアルはいったものの、力量の差はどうしようもなくとりあえず逃げていった。
 ケアルが去った後、フュルグがディストの前に出現する。おたがい、面識はない。
「貴方が姫を保護なされたディストですな」
「そうだが、おまえさんはレジスタンスがらみの方のようだな」
「なぜわかる!?」
「俺は盗賊だよ、それくらいの目は持っていないとな」
「それもそうか。では用件を言わせてもらう。姫をお迎えしたい」
「俺の一存では決められないが、おまえさん、ほんとにレジスタンスなのか。証明となるようなもんはないか」
「ここに前商業卿トリス様の書状がある」
「それでは御案内しよう」
 ディストは書類の蝋印を確認して、正式なものであることを確かめ、アジトへ向かう。

 アジトは古買商のものだ。そういうわけで、古買商は、紅茶をディストとフュルグに入れる。隣りでは、姫が威厳を守るための準備、いわゆる着替えをしている。
 やがて、グレーヌ姫は出てきた。姫は赤茶色の髪を後ろに束ね、雪のような白い肌、肌の色を目立たせるような黒いドレスを身に着けていた。ドレスは古買商が調達してきたものだ。
「グレーヌ様! ご無事でなによりでした」
 フュルグは実際に姫の姿をこんなに間近で見たのは初めてだった。美しい、さらに何ともいえないいい香りを姫は放っていた。
「グレーヌ様、レジスタンスのフュルグ殿です。トリス卿の書状を持参しておりますが、用件はレジスタンス入りだそうです。まずは書状を見てください」
 書状を受け取り、グレーヌ姫は開く。手紙を読む姫、姫はやがて顔をあげる。緊張した表情を浮かべている。
「書状は読んだぞえ。カリスの言うとおり、レジスタンスに合流しようと思う。よろしいな、皆の衆」
 美しい、だが紫の瞳の光は冷たい。フュルグは不安を感じた。と、姫は天井を見上げる。
「何やら鼠がおるぞ。わらわは鼠が嫌いじゃ。殺してたもれ」
 ディストがあわてて、短剣を投げる。
「きゃ! 見つかっちゃった」
「フュルグ、外へ行こう」  ディストとフュルグは外へ向かった。子どもが慌てて走っていく後ろ姿を見ただけである。赤い髪。
「逃したか……」
 そして、グレーヌ姫はレジスタンス入りをはたした。

 一方、そのころ。
 ペディエ=グリーダム・ミキサー率いる《真紅の騎士団》は、姫を捜索していた。この騎士団は女騎士で構成されている。
 と、今日も大した成果もなく帰陣しようとすると、騎士団に声をかける人がいた。赤茶色の髪、白い肌、紫の瞳を持つ少女だ。
「私を保護してください。セリアの女騎士様」
「確かに手配書にある姫そっくりではあるが……。まぁいい。保護しましょう」
 ペディエは後ろに少女を乗せて、本陣へと入っていった。

『本陣の夜』
 ペディエはパウロ将軍に報告しに向かうことにした。が、少女の衣装はあまりにも汚れていて、将軍の天幕に入れるにはふさわしくない。
「グレーヌ様、一緒に風呂に入りましょう」
「え、お風呂ですか。いえ、一人なら入りますが」
 それぞれ別に風呂に入ることになった。浴後、衣装を変え、パウロ将軍の天幕に向かう。少女の着替えはペディエのものを貸した。ペディエの衣装の中で比較的女らしさを感じさせるものを、少女に貸すことになった。
 で、ペディエは将軍に面会する前に、捕虜の少女に危険がないかを調査しなければならない。そうしとかないと、万が一の時に自分の身が危うくなる。
 身体検査、とくに怪しいものは見つからない。どうも胸が詰め物らしいが、ペディエは、胸を大きくみせたいなんてまだまだ子どもね、とか思って気にもしなかった。

 そして、将軍との面会となる。側に控えるべきザースという魔術師は、《神子》の短剣を取り戻すためでかけているのでいない。天幕内には将軍とペディエ、少女の3人がいるだけだった。天幕周辺には警護の者が多数いる。これは以前、天幕に賊が侵入したからだ。
「グレーヌ・ガルデン殿、ここにきて保護を求めてくるとはどのような心境ですかな」
 そう言いながら、パウロ将軍は少女をじっと見る。
「それはセリアの方々が、民を大切にしてくださるよう頼むためです。私の犠牲で、民が平安を迎えられるなら……」
「ほぅ、それは大した心掛けじゃ。わしもそちを見習わなければな」
 そのとき、天幕を訪れた人物がいる。シャウプ=ゴットハルト副将軍、元の名をカエサル=シタデハイルというガルデンからセリアへと亡命した貴族である。少女の顔実験というわけであろう。
「パウロ殿、じっくり見させていただいてよろしいかな」
「そちはわしらよりも姫のことをよく知っておる人物、しっかり見てくだされ」
「パウロ様、私を疑っているのですか……」
「ペディエ、邪魔しないでもらうぞ」
 ペディエをどかし、亡命貴族は少女の顔をじっくり見る。
「ホホホ……、私が本物じゃないという証拠がどこにあるの?」
「ほぉ、よく化けたものだ……」

脳天命中
 ドレスの前に手をやる。一気に左右に破る。
「シャウプ殿、女性にそのようなことをするとは! やはり亡命するような方は違いますわね。あなたにセリアの子爵なんて似合わないわ」
「そのようなことは、こ奴が女性かどうかを確かめてから言うのだな」
 少女は胸がなかった。
「ちっ、ばれちまっちゃ、しょうがねぇな。そうよ、俺は“七化けのホゲ”ちゅう怪盗よぉ。俺の変装はうまいだろ、民衆を騙すことに自信はあるぜ、どうだい俺を姫ということで雇わないかい?」
 少女だった少年から出る声は少年のものになっている。それを聞き、将軍は満足そうにうなずき、答えようとした。
 と、その瞬間、
「よくも私を騙しましたわねぇぇぇ!! あなたなんてこうよ!」
 懐から《銃》を抜き、引き金を引く。
 弾はホゲの化粧を落していない顔――グレーヌ姫そっくりな顔――の額を貫通した。そして、天幕の壁を貫通し、警護の兵の鎧にぶつかって止まった。
「わしは依頼しようと思ってたのに、おまけに天幕に穴空けっちゃって。ペディエ、明日から三日間謹慎じゃ」

 クルトは本国より送られてきた書類に目を通し、燃やす。そして、天幕の外に出た。トゥルを見に行くのである。
 トウルとは、セリアの騎士で、《神子》の力を秘めし短剣を奪ってきた者だ。この短剣の存在を知る者を減らすため、パウロ将軍は抹殺することにしたのである。
 夜、警備巡回の者だけが起きているときだ。トゥルは今日の巡回の番の一人であった。トゥルは見まわる。
 トゥル・サエルダは一人で巡回していた。単独行動が好きだからであり、それが認められるだけの実力を有していたのである。さて、暗闇から彼を呼ぶ声があった。トゥルには旧友カウル・マッドシグマの声として認識された。
 その声に従い、陣からはずれていくとやつれた顔のカウルがいた。逐電した騎士は世の中を斜に見るような笑みを浮かべている。喜びと驚きの混じった顔のトゥルとは対称的だ。
「再開の挨拶の前にしなきゃいけない仕事がある、トゥル。トゥル、知らない間に従者を増やしたのかい」
 トゥルの後方の陰の中から、一人の男が出てくる。コメーテス帝国の“隊長”クルト、その人であった。
「“隊長”殿、私をつけるとはいったい、どのような考えあってのことですか」
「トゥル、お前は邪魔な人材になったということさ。俺はそれを伝えにきたのさ」
 クルトは動かない。騎士らの詰問にも動ずる体もなく、見据えるだけだ。

「トゥルさんには内通の疑いがかかっていまして、自分はそれを調査するため、貴方を見張らせていただきました。逃亡兵と語っているところを見ると、内通の話の可能性もありますね。もう少し気付かれずにいれば重要な話をきけたでしょうが残念なことですよ」
 クルトは口を閉ざす。カウルは剣を抜く。それを見たトゥルもカウルに従い、斧を抜く。
「名誉毀損ということで“隊長”、切ってもいいんだよな」
「切れるものなら、どうぞ。ちょうど副官が呼びに行った配下もきたようですし」
 カウルに言葉を返しながら、クルトは下がる。
「さがったほうがよさそうだな、トゥル。お前まで逃亡させちまって悪いな」
「まぁいいでしょう、カウル。私も少々あなたのいない軍隊に嫌気をさしていましたからね。あなたとまた戦えるとは幸せなことですよ」
 二人の逃亡騎士はコメーテス帝国出向部隊の包囲が完成する前に突破した。これにより、兵卒が二名負傷。

 その夜、牢番はうるさい捕虜に苦しんでいた。
「ふふふ。拙僧は重大なことを知っているぞ。牢番殿、このことを将軍殿にお伝えくだされば、そなたの株があがるというものであろうに。あぁ、昨晩の牢番殿もこのうまい話を拾わないとは残念なことじゃ」
「う・る・さ・い! とっとと寝ろよ、どぶドワーフ。他の囚人から文句がひどいんだから。どうせ、明日お前の久し振りの取り調べだから俺が取り次いだって意味はないの。そんとき話せよ、まったく」
 ドワーフの僧、バルク・エルカッシュは無視された。ザースが短剣捜しに忙しくなってからというもの、バルクを重要視する者もなくなり、ずっと牢獄暮しとなっていた。
 叫ぶのに疲れたドワーフは今日も寝ることにした。
[忠実なるバルク、私が招いてあげましょう。私のいない時代、大変だったでしょう。新たな時代の継承は迫っています。さぁ、あなたも立ち会うのです]
 夢の中に、美しい人間の熟女が現われ、彼を抱き寄せる。熟女と比べればドワーフたるバルクなどは子どもな大きさである。
[え、え? ほんとにいられたのでしたか……。ト……さ……]

 翌朝、バルクの飯を運んできた牢番は腰を抜かしいた。バルクの姿がなかったからだ。
「どうしりゃいいんだ……」
 俺が牢に入るのか、とため息をはくのであった。

 また、同夜のことである。一人の戦士がからまれていた、女性に。誰もいない食料の備蓄された天幕においてである。一週間後には天幕を畳み、街の中に移り住むことになっているわけで、天幕生活ももう長くはない。
 歌が聞こえる。

   風は歌う――思いをこめて。
   しかし、その思いは届かない。
   聞く人は、もうそこにいないから……。

 歌はやんだ。歌声と同じ声が戦士に尋ねる。愛のあふれる声は、戦場の男に染み込 んでいった。
「あなたの心に愛はないの?」
 女の問いはいつも唐突だ。
「…………、いや、その。あなたはどうだ?」
 その声に答えるかのように女、ケルシャ=ストームは胸を背中に押し付ける。男はそれから逃れようとするのだが、女はそれを先回りして逃そうとしない。
 ……。
 数刻たった。
「私と共にすばらしい未来を造るため蜂起しましょう。戦争でたくさんの弱い人が虐げられたわ。あなたも見てきたでしょう」
 男、クライシス・ニードルと呼ばれる戦士は、この問に答えることはできなかった。彼は出ていった。ケルシャは後ろ姿を見送るだけだった……。

『捜索と招待』
 盗賊と僧侶が荒れた神殿跡を訪れていた。空からいくつかの星が彼らを見守っている。風は廃墟の砂を巻き上げて去っていく。
「謎はすべて解けた。これが《神子》のことの書いてあるという古文書ってもんです」
「でも、『巻の2(全3巻)』と書いてありますよ」
 ラヴェルという盗賊は神聖語に詳しくなかった。古代語なら読めるのだが。
「まいったな、これ一冊で十分と思っていたからな。フュルグは姫を迎えるのに成功したそうだし、どうしたもんだかな……」
「あなたがたはどうして《神子》を捜すのです?」
 どこからともなく、声が聞こえる。二人とも周囲を見渡すものの、猫一匹も見当たらない。
「子どものようだがどうする、ミリオラ?」
「正直に言いましょ。あとの古文書のこともわかるかもしれないし、ね」
 ミリオラーネは声のあったほうに向かい、声を張り上げる。
「ガルデン王国の民のため、《神子》の力を私達は捜しています」
「まぁいいでしょう。あなたがたは信用できそうです」
 物陰から子ども、いやグラスランナーの僧侶が出てきた。脇に二冊の古文書を抱えている。
「この二冊がその古文書の残りの二冊です。別のところから持ってきたものです。正義の名のもとにともに戦いましょう」

 薄汚れた酒場から魔術師が出てきた。
「ようやくボンペイのアジトを聞き出せたわい。こういうときは、セリアの威光が役に立つ。ありがたいことじゃ」
 怪盗〈夜の風〉に短剣を奪われたザース師である。むろん、陣を出てからずっとその怪盗に尾行されているとは気付いてもいない。
 やがてアジトへつく。
「君とは奇妙な縁を感じるね」
 突然、背後から憎い相手の声を聞いたザースは、振り向きいきなり〈火嵐〉を放つ。高く舞い上がって、その炎をよけるボンペイ。
「残念だがこれまでのようだね。私は君の行為を許すわけにはいかないのだよ」
 と、短剣を投げ付ける。
「きさまはどこまで私の邪魔をすれば気が済むというのだ!」
 脇腹を抑えながらどうしようもない。最後まで油断せずに魔術師を見定めているボンペイ。
[子たちよ、力を求めるなら私のところに来るがいいでしょう。どうします?]
 ボンペイの懐にある《神子》の短剣が急激に輝き出し、声が聞こえた。ザースにでさえ、〈母〉というものを感じさせる声だった。
 二人は、びっくりして戦いを忘れ、見つめあっていた。

 パペット・スターと名乗ったエルフの娘は、「古えの蜘蛛」を崇める聖印を下げた聖闘士を助け起こした。
「どうしたの?」
 道端で倒れていた女性聖闘士を〈知に飢えた狼〉亭まで運び込んだのだが、パペット・スターの介護もまだ効を見せない。ときどきうなされているのが気に掛かった。
「過労と精神的ショックのようです」
 と医者は見立ててくれた。とりあえず一晩様子を見てみよう、娘は思った。

※   ※   ※

 少女は共を招いた。
 孤独は癒されつつある。
 だが、しかし……、存在が違いすぎたのだ。

『第2話 慰みの星』完


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[管理人:たまねぎ須永へ連絡]